| ビューリーズには長い歴史があります。その始まりは14世紀フランスです。「ビューリー家」は、もともとフランスの出でしたが、14世紀に北イングランドへ、その後ヨークシャーに移住します。17世紀の宗教動乱の際にはクウェーカー協会の特別メンバーになり、18世紀にマンゴー、ビューリーは宗教に対する既製の厳しかったイギリスからアイルランドへ移ります。1780年頃、従業員150人のリネン工場をもち、リネン、織物、絹などの事業を始めます。1820年に、サミュエル・ビューリーは貿易業、船舶炭坑オーナー、金融業など幅広い事業を行いダブリン商業界第一人者となりました。またサミュエル・ビューリーは、クウェーカー教の「本当に正しい事、正確な秤量、適正価格、品質本意、お客様へのサービス」という理念に従い事業を行ったので人々から尊敬され社会的にも成功しました。当時イギリスの東インド会社がお茶をはじめほとんどの輸入商品の貿易を独占していましたが、1833年東インド会社の茶貿易独占が崩壊すると、サミュエルの息子チャールズ・ビューリーは1835年に広東から直接ダブリンへ茶を大量に輸入しました。これがビューリーズの紅茶の歴史の始まりでもありアイルランドの紅茶の始まりです。3月1日付ロンドンの新聞「ベルズ・ライフ・イン・ロンドン」ではビューリーにより中国産茶葉を積載した船が初めてアイルランドに到着したことを大々的に報じました。 |